4月13日は「喫茶店の日」

4月13日は「喫茶店の日」1888年のこの日、東京・上野に日本初の喫茶店「可否茶館」が開業しました^^

1階がビリヤード場、2階が喫茶室の2階建て洋館で、1杯2銭の牛乳よりも安い1銭5厘で提供していましたが、5年で閉店しました。。

コーヒーの起源についてはいくつかの説があります。

☆9世紀のエチオピアで、ヤギ飼いの少年カルディが、ヤギが興奮して跳びはねることに気が付いて修道僧に相談したところ、山腹の木に実る赤い実が原因と判り、その後修道僧の夜業で眠気覚ましに利用されるようになりました。

この話の原典とされるのは、レバノンの言語学者ファウスト・ナイロニの著書「コーヒー論:その特質と効用」に登場する「眠りを知らない修道僧」のエピソードですが、実際には時代も場所も分からないオリエントの伝承として記されていました。この話がヨーロッパで紹介されると、コーヒーの流行に合わせて装飾が進み、。舞台は原産地エチオピアに設定され、ヤギ飼いの少年にはカルディというアラブ風の名前が付けられたそうです。


☆13世紀のモカで、イスラム神秘主義修道者のシェーク・オマルが、不祥事(王女に恋心を抱いた疑い)で町を追放されていた時に、山中で鳥に導かれて赤い実を見つけ、許されて戻った後にその効用を広めました。


☆15世紀のアデンで、イスラム」律法学者のシェーク・ゲマレディンが体調を崩した時、以前エチオピアを旅した時に知ったコーヒーの効用を確かめ、その後、眠気覚ましとして修道者たちに勧めたそうです。さらに学者や職人、夜に旅する商人へと広まっていきました。


日本には天明年間ごろに、長崎の出島にオランダ人が自分用として持ち込んだといわれています^^

1888年に上野に可否茶館が開業しますが、軽食やアルコールなどを提供する近代的なコーヒー店が日本に広まるのは1911年、銀座にカフェ・プランタンやカフェ・バウリスタ、カフェ・ライオン等が開業してからのことです。

普及の背景には当時進められていたブラジル移民政策の見返りとしてブラジル・サントス州政府がコーヒー豆を10ねんかん無償提供し、全国でバウリスタ系列の喫茶店が開店したことがあります。

その後も輸入量は増え続けますが、1938年、戦時体制強化によりコーヒーが軍需物資扱いとなり半減、やがて全廃され代用コーヒーに置換されました。とはいっても、一部高級軍人向けに輸入は続いていて、戦後そのコーヒー豆を巡って知事が関与した「群馬コーヒー事件」なんていうものも起こっています。

大学の卒業論文でコーヒーについて調べましたが、その時にいろんな本を読みました。ファウスト・ナイロニだったかは覚えていませんが、「コーヒー論」と言う本は読みました☆

異論んあ説があるにもかかわらず、結局広まるのに貢献しているのはどの説でも修道僧なんですね^^

あの頃はウィキなんてなかったから、調べるにしても本を探して借りてくるところからでしたので、けっこう大変でした^^;今は目の前のパソコンにぱぱっと打ち込めばすぐに出てくるので楽ですよね~~^^

論文書くのも(卒論程度ならね)楽なんだろうな^^


昨日は定休日♪久々に駅前に行ってきました^^精文館に模型の道具を買いに行っただけですけどねw

パテと、朱色の塗料、面相筆を購入^^その後100均で綿棒と爪やすり、パーツをやすりがけした後の細かいホコリを払うためのはけ?(化粧の、チーク用のブラシ)を購入してきました^^

化粧の道具って結構模型作りに便利だったりするんですよね^^モデラーさんの動画なんか見てても結構でてくるかと。。最近は化粧道具も100均で揃うので、使いやすいですしね^^

さあ、ザクつくろ☆


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